雨森芳洲(あめのもりほうしゅう、本名:俊良→藤五郎→東五郎→誠清(のぶきよ)、号:芳洲、字:伯陽 朝鮮名:雨森東 1668年6月26日(寛文8年5月17日) - 1755年2月16日(宝暦5年1月6日))は中国語、朝鮮語に通じ、江戸時代中期の日本を代表する儒者である。対馬藩に仕え、李氏朝鮮との通好実務にも携わった。