「GTI-R」はN14型パルサーのイメージリーダーとして開発初期の段階から企画され、WRCへの参戦を前提に設計された。日本テレビ・よみうりテレビ系で放送された「EXテレビ」でも、WRC出場前から多数の生CMを打つなど、派手な広告戦略を取った上で、日産の新しいラリーウェポンとしてかなりの自信と期待を持ってリリースされた。
当初ハイパワーエンジンに対して小さな車体はラリーフィールドでの強力な武器となると考えられていたが、改造範囲の狭いグループAであることが災いし、タイヤサイズの拡大ができずにパワーをもてあまし、エンジンルームの狭さからラジエターやインタークーラーの冷却が十分に行えないなど、競技車両として様々な問題が露呈した。
1992年のスウェディッシュラリーで総合3位を獲得、グループNクラスでは年間タイトルを獲得する一方、早々とWRCからの撤退を発表した。
なお、英国ラリー選手権(BRC)では、SR20DE型を搭載したFFのGTI(現地名・サニー・GTI)がNMEからF2クラスに参戦し、1996年と1997年、チャンピオンを獲得している。
競技車両としては短命であったが、市販車はパルサーがN15型にモデルチェンジする末期までカタログ落ちせず、堅調な販売を続けていた。小さなボディーにハイパワーエンジンというコンセプトは、夜中の峠道を疾走するローリング族や、ラリーイメージを好むユーザーからの人気を獲得することとなる。
またGTI-Rのエンジンは当時の多くの日産車に採用されているSR20DE系エンジンではあるが、通常版とは異なる特殊パーツを備えていたため、ほかのSR20DETエンジンへのパーツの流用や、P10型プリメーラ等のSR20DE系エンジンを搭載したFF車または、FFベースの4WD車へのエンジンそのもののスワップが行われた(縦置き、横置きでは同じSRエンジンでも形状が異なり、互換性が低い)。
ファイル:Nissan Pulsar GTI-R 001.JPG|パルサーGTI-R
ファイル:Nissan_Pulsar_Gr.A_001.jpg|パルサーGTI-R Gr.A
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