上述のように当行は企業向けの資金提供が事業の柱だったこともあり、仕事に就いていない女性や子供にはよく知られていない銀行だった。そのことから一般では「日本興業銀行はこどもやお母さんには知られてないけど、お父さんはよく知っている銀行」と評されていた。この評が作られた年代は不明だが「成人女性は専業主婦」という意識が強い1990年代以前であると思われる。
後述する金融債を発売する際、この一般への知名度の低さがネックとなった。戦後の1952年頃より、興銀ではキューピー人形をキャラクターに採用。以降、債券窓口やショーウインドーにキューピー人形を設置し、グッズの配布や債権総合口座の「普通預金ご利用控え」(事実上の普通預金通帳)の表紙にキューピー人形の顔をあしらうなど周知徹底させ、「興銀はキューピーの銀行」のイメージ作りを行った。なお、大口顧客や個人投資家向けの相談窓口の名称は「キューピーファミリー相談室」であった。
昭和30〜40年代頃は、川又克二、日高輝、水島廣雄ら興銀出身者が次々と問題企業の再建に成功し、興銀は当時の人気テレビドラマをもじって財界の益荒男派出夫会の異名をとった。
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