広島市は1889年4月1日の市制制度制定時に市制が施行された全国31都市の1つで、それ以後は周辺の郡に所属する町村を吸収合併していった。その中で安佐郡全域は1973年までに広島市に吸収され(同地域には1980年に安佐北・安佐南の2区が設置)、佐伯郡も大竹市・廿日市市・江田島市などとに分割されて消滅した。
これに対し、安芸郡の町村も広島市(一部はそこから成立した呉市)への統合が進んだが、周囲が全て広島市に囲まれた府中町、あるいは三方が広島市に接する海田町などは広島市との合併を選択せず(海田町は2004年8月22日の住民投票で合併反対が過半数(得票率65%)を占めたhttp://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1110765166735/index.html)、現在でも独自の町制を維持している。これは府中町にマツダの本社、海田町にも同社の関連企業があり、法人税などによって財政基盤が強い事も理由と考えられている。そのため、広島市では1975年に合併した旧矢野町地域が飛地となっている。
しかし、合併を選択しなかったこれらの町でも住民の日常生活や社会基盤整備では広島市との関係が深く、広域での水道や交通網の整備が進められている。
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