「岡本天明」略史
- 1897年(明治30年)12月4日 - 岡山県浅口郡玉島(現、倉敷市玉島)で豪農であった家に、父岡本藤太郎、母弥栄の三人兄弟の二男として誕生。
- 1914年(大正3年) - 父親が事業に失敗し、神戸に移る。
- 1920年(大正9年) - 大正日日新聞社に入社。大本に関わり始める
[この頃、新聞社の社長は浅野和三郎であったが天明は浅野の命令でよく霊媒役をさせられたという。]。
- 1921年(大正10年) - 第一次大本事件。逮捕はされないものの、失職。
- 1925年(大正14年) - 人類愛善新聞(機関紙)の創刊に際し編集長になる。
- 1944年(昭和19年)
- 4月18日 - フーチ(扶?)
[中国に昔から伝わる神霊の御神意をうかがう占い方法で、一種の自動書記である。]の実演会の審神者兼司会役を務める。この際出てきた神名が「天之日月神」。後日、麻賀多神社の末社の神と判明。
- 6月10日 - 天之日津久神社に参拝した折に自動書記現象がおきる。(日月神示「上つ巻」第一帖・第二帖を書記する)
- 1946年(昭和21年) - 千葉県印旛郡公津村台方に移り住む。
- 1947年(昭和22年) - 日月神示に共鳴した人々により宗教法人「ひかり教会」設立。
- 1949年(昭和24年) - ひかり教会会長となる。天明の先妻である佳代子が死去。
- 1950年(昭和25年) - 三典と再婚。
- 1953年(昭和28年) - 岐阜に移る。
- 1955年(昭和30年) - 至恩郷(三重県菰野町)に移る。
- 1959年(昭和34年) - 初めてのクレパス画展を開く 東京(7月)・大阪(8月)・ニューヨーク(11月)
[ニューヨークでは同市のマンハッタン区にあるコロンビア大学構内で開催された。]
- 1961年(昭和36年) - 最後の自動書記現象。
- 1963年(昭和38年)4月7日 - 死去。
ひふみ神示と天皇家 4/4
08:59
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