明治初期から大正にかけての日本の主要輸出品目であった製茶の生産、買い付け、貿易に大きな力をもった。しかし、私利だけではなく日本の製茶の品質向上に力を尽くし、また故郷の教育や架橋にも多額の寄付を拠出した。 「茶聖」、「茶業王」とも称される。静岡市の清水山公園に銅像、横浜市の伊勢山皇大神宮に碑が残る。