が普及して交通量が増大した1949年のピカデリー・サーカス
19世紀から20世紀にかけて産業革命を経験したロンドンはさらに発展を遂げ、19世紀初頭にかけて橋が増設され、テムズ川南岸が発展。東部や南部には大きな工業地帯が形成され、東部のロンドン港(ドックランズ)は世界有数の港湾となった。1863年には世界初の地下鉄が開業するなど、交通機関も発達して市街地はさらに拡大した。1888年、ロンドン州の発足によってそれまで別々の町だったシティとウェストミンスターを含む現在のインナーロンドンが、はじめて行政区域としてまとまった。
19世紀にロンドンの人口は爆発的に増加し、20世紀初頭には人口が440万人を超えたが、それと同時に下水道設備の不備や貧困地域の拡大などの現代的な都市問題が深刻化した。特に大気汚染も深刻化し、石炭の煤煙によるスモッグの発生により「霧の都」と揶揄された。
この問題は20世紀以降に労働者階級の地位向上によって大きく改善されたが、今なおロンドン南部のテムズ川南岸や東部のイーストエンドなどには貧困者の多い地区が存在し、旧植民地諸国からの移民流入もあいまって問題は継続されている。20世紀になるとエベネザー・ハワードの提唱した「明日の田園都市」が世界的な反響を呼び起こし、その理論に基づいてロンドン郊外に世界初のニュータウンであるレッチワース(人口32000人)が建設された。
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