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レオシュ・ヤナーチェク オペラ






イェヌーファ(1894 - 1903)
ガブリエラ・プライソヴァーの戯曲による。三幕。1904年1月21日ブルノにてシリル・フラズディラの指揮により初演。ヤナーチェクの3作目のオペラ。チェコとスロヴァキアでは原作のタイトル「彼女の養女」と呼ばれている。
イェヌーファは継母コステルニチカと住んでいる若い女性。彼女は父方の従兄弟シュテヴァの子供を身ごもるが、シュテヴァは自堕落な性格でイェヌーファと結婚しようという気はまったくない。シュテヴァの義理の兄(継母の連れ子)ラツァはまじめな性格でイェヌーファに恋している。イェヌーファの妊娠を知ったコステルニチカはスキャンダルを避けるため彼女を家に閉じこめ村の人々には内緒で密かに出産させる。ラツァがコステルニチカのところに来てイェヌーファを妻にほしいと申し出る。コステルニチカは出産の秘密を打ち明ける。ラツァは義理の弟の子をイェヌーファが出産したと聞き動揺する。それを見たコステルニチカはラツァに断られては大変と思い、子供は死んだと嘘をつく。コステルニチカは本当に子供を凍った川に浸けて殺し、イェヌーファに子供は死んだと告げる。春になりイェヌーファとラツァの結婚の日、川の水が溶け出し子供の死体が川に浮かんだのを村人が発見する。イェヌーファは死体の服を見て自分の子だと告げる。村人たちはイェヌーファが殺したのだと思い詰め寄るがラツァはそれを必死でかばう。コステルニチカがすべての罪を告白し村人たちに連れられてゆく。残されたラツァとイェヌーファは改めて互いの愛を誓い合う。
カーチャ・カバノヴァー(1919 - 1921)
アレクサンドル・オストロフスキーの戯曲「嵐」による。三幕。1921年11月23日、フランティシェク・ノイマンの指揮でブルノで初演された。ヤナーチェク6作目のオペラ。
舞台はヴォルガ川の岸部の町。裕福な商人ディコイの家に居候している甥のボリスは商家カバノフ家の人妻カーチャに恋している。カーチャは姑カバニハの嫁いびりに嫌気がさしてる。夫ティホンはこの母親に頭が上がらず商用で出張してしまう。カーチャには別に好きな男がいることを知り、同情したカバノフ家の養女ヴァルヴァラは、ひそかに入手していた庭の鍵をカーチャに渡す。カーチャは一旦は鍵を捨てようとするが、結局ボリスに会う決心をする。その夜、良心に責められながらもカーチャはボリスと結ばれる。川岸の廃屋でヴァルヴァラがボリスにティホンが帰ってきてカーチャが取り乱していることを話しているところへカーチャが走ってくる。追いかけてきたカバニハとティホンに半狂乱状態の彼女は不貞の事実を話してしまう。再び逃げ出した彼女はボリスに会うが、不貞のことがディコイの耳に入りボリスはシベリアに行かされることになったことを告げる。ボリスが去った後カーチャは川に身を投げる。引き上げられたカーチャの死体を抱きながらティホンは母親をなじる。
利口な女狐の物語(1921 - 1923)
ルドルフ・ティエスノフリーデクの物語による。三幕。1924年11月6日、ブルノでフランティシェク・ノイマンの指揮で初演された。ヤナーチェク7作目のオペラ。
マクロプロス事件(1923 - 1925)
カレル・チャペックの喜劇による。三幕。1926年12月18日、フランティシェク・ノイマンの指揮によりブルノで初演された。ヤナーチェク8作目のオペラ。
時代設定は1922年。100年も係争を続けてきたヨゼフ・ブルス男爵の遺産相続問題を抱える弁護士事務所にエミリア・マルティというオペラ歌手がやってくる。事情のあらましを聞いたマルティはプルスの遺言状の場所を教える。マルティの教えた場所に遺言状は確かにあり、相続人はフェルディナンド・グレゴルと判明する。マルティの演奏会の後もう一方の係争者ヤロスラフ・プルスが楽屋にやってきて遺言状と一緒に別の封筒を見つけたと言う。マルティはそれを買いたいと申し出るがプルスははっきりとした返事をしない。マルティはプルスを色仕掛けで誘惑し、ついに封筒を手に入れる。そこへ弁護士がやってきてと遺言状と一緒に見つかったフェルディナンドの母親E.M.の手紙とマルティのサインの筆跡が一致することを告げ、擬装ではないのかと問いつめる。マルティはついに真相を語り出す。マルティの父親はプラハに宮廷を構えた皇帝ルドルフ2世の命令で不老不死の薬を作り、娘を実験台にして薬を飲ませた。その娘が自分で、本名はエリナ・マクロプロス、1575年生まれの337歳。フェルディナンドは間違いなくヨゼフと自分の子供である。もうすぐ薬が切れるため処方箋の入った封筒が必要になりプルスから無理矢理取り上げたのだが、長生きしても意味はないと悟ったと語り、プルスから受け取った封筒を燃やすと同時に息絶える。(年齢の計算が合っていないが、設定自体が混乱しており、1585年生まれと言っている箇所もあり、327歳といっている箇所もある。ヤナーチェクは書簡の中で337歳と繰り返し述べている。)
死者の家から(1927 - 1928)
ドストエフスキーの小説「死の家の記録」による。三幕。1930年4月12日、ブルジェティスラフ・バカラの指揮によりブルノで初演された。ヤナーチェク9作目最後のオペラ。序曲には、当時作曲中だったヴァイオリン協奏曲(未完)を転用した。
シベリアの監獄。アレクサンドルが連れてこられるが、政治犯だとわかると鞭打ち百回を宣言し再び連れ出す。アレクサンドルの悲鳴が響く中、囚人の一人が翼にケガをした鷲を捕まえてくる。囚人たちは自由にしてやろうというのだが鷲はケガで飛び立てない。囚人たちは作業をしながら身の上話をする。ルカは軽い刑で牢に入れられた時に威張り散らす看守を刺してシベリア送りになったと語る。アレクサンドルはアリエイヤという若い囚人と仲良くなり読み書きを教えてやる。祝日になり囚人たちの芝居が行われることになった。芝居とパントマイムは大喝采で終わるが、部屋に戻る時ある囚人がアリエイヤに襲いかかりケガをさせる。アリエイヤをアレクサンドルが世話をする。同じ部屋に咳の発作に苦しむルカやシシュコフという囚人もいる。シシュコフは自分が結婚した女が実は結婚前からフィルカという質の悪い男とつきあっていて、その男を誰よりも愛しているというので嫉妬のあまり殺したのだと語る。シシュコフがフィルカというたびにルカは怯え、ついに息絶える。ルカをのぞき込んだシシュコフは、彼こそがフィルカであることに気づく。アレクサンドルは釈放されることになった。彼はアリエイヤたちに別れを告げる。囚人たちはこれを機会にペットにしていた鷲を放してやることにした。かごから出された鷲は空へ飛び立ってゆく。鷲を見上げながら囚人たちは「自由だ!復活だ!森の皇帝!愛する自由!」と叫ぶ。



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