英国ルーツ・グループとの技術提携で国産化したヒルマン・ミンクスの提携期限切れを前に、いすゞ初の自主開発乗用車として開発され、1961年10月16日に発表、さっそくその年の全日本自動車ショウに参考出品された。設計目標は「ヒルマンの長所を生かし独自設計を加味」することに置かれ、タクシー業界への販売を有利にする6人乗りとすることが絶対条件とされた。この結果、自家用向け主体だったヒルマンより一回り大きい、トヨタ・クラウンや日産・セドリック、プリンス・グロリアをライバルとする中型セダン(およびライトバン)となった。
また、日本初の量販ディーゼル乗用車(これ以前にもクラウンのディーゼル版が少数ながら生産された)であり、1963年には日本機械学会賞を受賞している。形式名はPA10(ディーゼルモデルはPAD10)。
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